世界中で、そして日本でも広がり続けるヨガ。街を歩いていると、ホットヨガのスタジオをよく見かけるし、フィットネスクラブや地区センターなどでもヨガのクラスがたくさんある。マタニティーヨガ、シニアヨガ、キッズヨガは対象者を絞ったヨガだし、ダイエットヨガ、骨盤調整ヨガなど、体への効能を目的としたヨガもある。伝統的なヨガの流派で言えば、アシュタンガ、アイアンガー、シヴァナンダ、クンダリーニなどをよく聞くかもしれない。
スタイルややり方は常に変化し続けるかもしれないけれど、ヨガとは何なのかということを知っていると、どのスタイルでも何を大切にするかがぶれない。今年はクラスで「ヨガ哲学」を取り入れたクラスを展開中。そして、1月はヨガの経典「ヨガ・スートラ」からの言葉を紹介してきた。(4世紀頃パタンジャリによって編成された、ヨガの教えをまとめた経典)
「ヨーガス・チッタ・ヴリッティ・ニローダハ」 “Yogas chitta vritti nirodha.”
このフレーズの訳し方は色々ある。典型的なのは、「ヨガとは心の揺れ動きを止滅させることである。」というもの。私はこの訳に違和感を感じてしまう。もちろんこれがサンスクリットに忠実かもしれないし、その当時のヨギーたちはこれを通して解脱を目指していたのだと思う。でも、私がヨガに感じる魅力と得てきた体験とは、ヨガが心の揺れ動きに気づかさてくれることだ。その気付きから、揺れ動きが静かになっていく。心とは揺れ動くものだけれども、それを否定せず、責めず、気づいてあげると、心も安心して緩んでいくことができる。
マインドフルネスの先生が言っていたことを思い出す。「マインドもね、本当は静かになりたいって思っているんだよ。休みたいんだ。だから、戦わなくていいんだよ。」これを聞いたときに、涙が出そうになった。私はどれだけ自分のマインド(心と思考)と戦って、静かにさせようと叱りつけていたんだろう、と。赤ちゃんをあやしてあげるように、ただそこにいると、マインドは本当にふんわりと静かになっていく。
今の自分に気づくこと。これは実はすごく難しい。体の痛みや疲れたところ、心の寂しさ、悲しみ、怒り、不満、それを感じないように、麻痺させるかのように、日々色々なことをして感じないようにしている。でも気づいてあげることで、そしてただそうなんだと受け止めてあげるだけで、そこから体や心にまたつながっていくことができる。そしてそこから、癒やしだったり、変容だったり、希望や願いが湧いてくる。
今年一年、このヨガの奥義をマットの上でも、また日常の中でも体験していきたい。ヨガの教えは頭で理解するものではなく、実践しながら自分の一部になっていくものだから。